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ブローディの脳性麻痺へのきょうだい臍帯血療法
ブローディにどうやってそんなに丈夫な身体になったのかと尋ねれば、「ゾーイの血だよ」と答えるでしょう。 妹の臍帯血が彼の元気を取り戻してきているのです。
2018年12月、ブローディは、オーストラリアで脳性麻痺の治療のためにきょうだいの臍帯血を提供された最初の子供たちのひとりとなりました。ブローディは、非営利団体Cerebral Palsy Allianceと民間臍帯血バンクCell Careの提携によって実現した臨床試験ACTRN12616000403437に参加しました。2019年には、治療後のブローディの改善を記録したビデオが公開されました(以下を参照)。それ以来、ブローディはStudio 10、最近では2022年1月のSky Newsと、テレビでも紹介されてきました。
脳性麻痺は全世界で最も一般的な小児期の身体障がい であり、出生数1,000人に対して2人の割合で生じます。脳性麻痺はさまざまなかたちで運動、筋緊張および協調運動に影響を及ぼします。この疾患には確立された治療法がありませんが、臍帯血に含まれる幹細胞を使用した臨床試験により、患者の転帰が改善することが期待されています。
母親のブレンダによると、ブローディは成長に伴い、発達の指標をすべて満たしていましたが、両親がブローディの動作にいくつか不規則な点があることに気づきました。これらはビデオの前半からはっきりと確認することができます。「ブローディは前に進むときに右手をたくさん使っていました。左手は文字どおりついて来る動きをするため、バランスがまったくとれていませんでした」。
何人もの医師を受診しても取り合ってもらえない経験を重ねてようやく、家族はブローディが胎内で脳卒中を起こしていたことを知ります。ブローディの脳のMRI検査により、脳卒中を起こした領域が明らかになり、左半身をコントロールする能力に影響が及んでいることがわかりました。左片麻痺脳性麻痺の診断が下された際、ブローディは生後18ヵ月でした。
オーストラリアでは脳性麻痺のある患者が34,000例を超えます。脳性麻痺は言語と運動の両者に影響を及ぼします。脳性麻痺の機序のほか、細胞療法によってそれを改善する方法をよりよく理解するため、同国のモナシュ大学の医学研究者チームが研究に当たっています。あるインタビューで、モナシュ大学のグラハム・ジェンキン 教授が次のように説明しています。「麻痺側は脳から離れた部位の運動、言い換えると、四肢の運動の問題です。脳が何らかのかたちで障害を受けており、手足に向かう神経路に影響が及ぼされているのです」。
母親のブレンダはブローディの妹、ゾーイを身ごもっている間に医師を受診した際、皆の人生を変えることになるパンフレットを見つけます。それは、脳性麻痺にきょうだいの臍帯血を使用する臨床試験のパンフレットでした。ブレンダはそれまで、臍帯血を使用して脳性麻痺を治療できる可能性があることを知らずにいました。ブレンダは、唖然とし、クリニックでその場に座り込み、パンフレットに目を落としました。
待合室で医師の診察を待っていたその時こそが 、12名の脳性麻痺児の治療のために きょうだいの臍帯血を使用するオーストラリア初となる 臨床試験へのブローディの参加につながりました。ブローディの両親はCell CareのSibling Programに登録しました。これは、脳性麻痺のある兄や姉がいる家族に無料の臍帯血バンクを提供するプログラムで、今日まで続いています。 ゾーイが生まれたときに臍帯血が採取され、ただちにCell Careに送られました。臍帯血は、オーストラリアでの臨床試験で臍帯血を使用できるようにするために同国政府の保健省薬品・医薬品行政局(TGA)から完全な認可を受けたCell Careの研究室で処理され、保管されました。
次に、ブローディは臍帯血治療のためRoyal Children’s Hospitalに向かいました。治療は単に、妹のゾーイから得られた貴重な臍帯血細胞を投与 するものでした。ブローディは腕に針を刺されました。針はゾーイの臍帯血細胞が入った袋につながっており、輸血と同じ方法で細胞が投与されました。
投与から数週間以内に両親のブレンダとベンがブローディの状態の顕著な改善を目にするようになりました。「特に左腕については、臍帯血治療を受けてから動きと力が増したことがQOLに 大きな影響を与えてきました。臍帯血投与を受けた 12月よりも前には、左腕を使わなければならない遊具を避けていました。今ではもうそんなことはありません」と、ブレンダは言います。「ブローディの知的能力の変化にも気づきました。ブローディは投与を受けてから間違いなく賢くなり、積極的になりました」。 ビデオの後半ではブローディがグラウンドを走り回り、左足でサッカーボールを蹴っているのを見ることができます。
臍帯血細胞の投与は脳の炎症および腫脹を減少させることによって脳性麻痺の症状を改善させると考えられています。モナシュ大学のジェンキン教授によると、「脳性麻痺は要するに一種の炎症性疾患です。さまざまな原因で脳が炎症を起こし、脳性麻痺を引き起こします。私たちは前臨床試験により、臍帯血細胞が炎症を抑えるのに役立つことを明らかにしました」。
ブローディが登録された臨床試験は、脳性麻痺への臍帯血投与の安全性を検討するためにデザインされた第I相試験です。転帰は励みになるものですが、ブローディにみられた改善が臍帯血治療の直接の結果であることは未だ証明されていません。それに続く第II相試験がオーストラリアで計画されているところです。この試験ではきょうだい間臍帯血療法の有効性を判断するほか、安全性をさらに評価するため、さらに大きな被験者集団を対象とすることになります。
それと同時に、Monash Healthのジェンキン教授らが臨床試験ACTRN12619001637134を進めています。在胎28週未満で出生した超早産児の治療によって脳性麻痺を予防することを試みる世界初の試験です。脳性麻痺を発症する小児の半数近くが早産です。この現況に対抗するため、この新しい試験では、出生後できるだけ早く本人の臍帯血から採取した細胞を早産児に投与することにより、脳性麻痺の重症度を減じることが望まれています。助産師はしばしば、臍帯内の血液の一部を体内に戻すことができる臍帯結紮法が乳児に有益であると主張します。しかし、このアプローチは赤ちゃんが苦しんでいる状態で、早産で生まれた場合には選択することはできません。早産では医師はまず乳児の命を救うことに集中しなければなりません。しかし、同時に早産児の臍帯血を採取し、体内に戻すことができれば、新生児の脳の発達を助けられる可能性があります。
ブローディの両親は、臍帯血療法により、かつて息子にはできないのではないかと心配していたすべてのことが できるようになったと考えています。