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「臍帯血が脳性まひに有効であることが証明される」

4月 2025

 

今回の新たな情報

脳性まひ(CP)の子どもの粗大運動機能を改善する治療法として、臍帯血細胞療法が有効であることを統計的に示す論文が、権威ある査読付き学術誌「Pediatrics」にこのたび掲載されました1。本論文は、11件の研究から得られた400人以上のCP児のデータをもとに行われた、個別患者データ・メタアナリシス(Individual Participant Data Meta-Analysis, IPDMA)の成果であり、国際的な共同研究によって実現したものです。この研究については、以前2023年9月にポスター形式で発表された際にもご紹介しましたが、今回はその全文が正式に論文として公開されたことになります1,2

研究の結果

本研究の全体的な結論としては、臍帯血治療をリハビリテーションと併用することで、CP(脳性まひ)児の粗大運動機能が、リハビリテーション単独よりも有意に改善することが示されました。特に重要なのは、CP児に対する理学療法の分野において、臍帯血による臨床効果の大きさは「高い治療効果(large treatment effect)」と見なされるレベルであるという点です3。さらに、今回のIPDMA(個別患者データメタアナリシス)では、臍帯血細胞療法の6~12か月後に運動機能スコアの改善がピークに達すること、また、細胞投与量が多いほど運動機能の改善効果が大きくなるという「用量反応関係(dose-response)」の傾向が明らかになりました。分析の結果、最も治療効果が高かったのは、治療前から自力または補助付きで歩行が可能な、5歳未満のCP児であることも分かりました。

Figure 1 from Finch-Edmondson M, et al. Pediatrics. 2025; 155(5):e2024068999.

Figure 1 from Finch-Edmondson M, et al. Pediatrics. 2025; 155(5):e2024068999.

 

本研究における主な数値と傾向は以下の通りです:

  • 臍帯血細胞治療の6か月後、臍帯血を投与された被験者は、対照群と比較してGMFM-66(運動機能スコア)の平均スコアが1.36ポイント高く、統計的にも有意な改善が見られました(95%信頼区間: 0.41~2.32、p=0.005)。

  • 12か月後には、臍帯血治療群と対照群の間でのGMFM-66スコアの平均改善差は1.42ポイントとなり、こちらも有意な差が確認されました(95%信頼区間: 0.31~2.52、p=0.012)。

  • 治療後6~12か月で改善効果がピークを迎えるという傾向は、想定されている作用機序と一致しています。それは、臍帯血がパラクリン効果(分泌因子による作用)を通じて神経炎症を抑え、内因性の組織修復を促進し、それにより脳内神経回路の接続性が向上するというものです。

  • 臍帯血輸注を受けた被験者のうち、総有核細胞数(TNC)が体重1kgあたり5,000万個を超える場合には、より良好な応答の傾向が見られました(12か月時点でのp=0.047)。これらの細胞数は、凍結保存前に測定された値です。

  • 年齢の若い脳性まひ児ほど、より良好な応答が得られる傾向が見られました。

  • 脳性まひの重症度が軽度である児童(5段階評価のGMFCSレベル1~3)では、より良好な応答の傾向が確認されました。この傾向は、治療開始時の年齢や出生時の早産の有無を調整した後でも維持されました。

臍帯血治療に関するさらなる詳細:

  • 本研究では、447名の被験者に対して498件の治療データが収集されました。「Pediatrics」誌に掲載されたIPDMA(個別患者データメタアナリシス)では、エリスロポエチン(EPO)を併用した被験者は除外され、臍帯血治療を受けた170名と対照群171名のデータに基づいて解析が行われています1。一方、先行して発表されたポスター研究では、臍帯血とエリスロポエチンを併用した被験者も含めて解析されており、同様の有効性が示されました2

  • 被験者の大多数(90%)は痙直型脳性まひ(spastic CP)であり、CPに類似した症状を呈する遺伝性疾患の被験者は除外するよう努められました。

  • 治療を受けた子どもたちの平均年齢は57カ月(範囲:8カ月~227カ月)でした。

  • 11件の研究のうち10件では臍帯血細胞が全身投与(静脈注射)され、残りの1件では髄腔内投与(脊髄への注入)が行われました。

  • 投与された臍帯血の凍結前の中央値TNC(総有核細胞数)は5610万個/kg(範囲:970万~2億1030万個/kg)でした。

  • 全体の84%の治療では、臍帯血は本人由来(自家)ではなく、ドナー由来(血縁または非血縁の同種)のものでした。

本研究結果が脳性まひのお子さまを育てるご家族にとって意味すること

米国小児科学会誌「Pediatrics」では、今回のIPDMA論文に対する解説記事(Commentary)も掲載されており、脳性まひ(CP)児の理学療法・リハビリテーション分野における専門家2名によって執筆されました3。彼らは、どのような子どもが臍帯血療法に対して最も良い反応を示すかという知見が、「家族と治療方針を共に決めていくうえで極めて重要」であると強調しています。CPの子どもをもつご家族にとって最も気になるのは、平均的な集団間の違いではなく、「この治療が自分の子に効果があるのかどうか」という点です。IPDMAの分析によれば、臍帯血治療を受けた子どもの68%が、6〜12か月後にGMFM-66(粗大運動機能評価)のスコアで、対照群全体を上回る結果を示しました。ただし、こうした著しい運動機能の改善効果は、特に年齢が若く、治療開始時点である程度の運動機能を有していた子どもにおいて、より顕著に現れる傾向があることも明らかになっています。

現在では、脳性まひ(CP)は生後6か月という早い時期に正確に診断できることが確立されており、またGMFM-66(粗大運動機能尺度)は生後5か月の乳児から使用可能であるとされています1。このように早期に診断を受けることで、より多くのご家族が、脳の神経可塑性(ニューロプラスティシティ)が最も高い時期に、臍帯血治療の選択肢を得る機会を持てるようになりました。さらに、年齢が低いうちに治療を行うことで、体重あたりの総有核細胞数(TNC/kg)を高く確保しやすくなり、また、子どもが治療効果を得られる年齢範囲を超える前に、複数回の治療を実施する可能性も広がります4

この研究が公衆衛生政策にもたらす意義

現時点では、脳性まひ(CP)に対する臍帯血治療は、いかなる国においても市場承認を得ていません。この治療法については、前向きの第3相臨床試験の実施が長年求められており、その実施には多大な労力と費用を要するものの、市販承認に至る一般的なルートであることに変わりはありません5。一方で、CPに対する臍帯血治療の有効性を裏付けるエビデンスが着実に蓄積されており、それに応じた公衆衛生政策の見直しが求められています。具体的には、本治療に関する正確な情報提供と教育の推進、後期臨床試験(フェーズ3)の組織的な実施、治療へのアクセスを可能にする規制制度の整備、といった対応が、今まさに検討されるべき課題です。

教育の重要性が高いのは、CP(脳性まひ)が小児期に最も一般的な運動障害であるにもかかわらず、その診断について保護者の認知度がまだ十分でないためです1,6。米国疾病予防管理センター(CDC)の推計によると、米国の8歳児のおよそ345人に1人がCPと診断されており6、また早産児における発症率は極めて高く、妊娠24~27週で生まれた赤ちゃんのうち約15%がCPを発症しています1,7。CPのある子どもの生涯ケアにかかる費用は100万ドルを超えるとされ、その大部分は生産性の損失など間接的なコストです6,8。臍帯血治療は、将来的にCPを発症した場合の治療選択肢になり得ることを、産科医と妊婦の双方が知っておくべきです。この知識があれば、出産時に臍帯血を保管しようとする保護者が増える可能性もあります。

現在、脳性まひ(CP)に対する臍帯血治療を、公的に認可された制度のもとで提供している病院やクリニックは、世界的にもごく限られています。この治療法は、手技が非常にシンプルであるうえ、安全性が高いことも広く確立されています5,9。一方で、これまでのCPに対する細胞治療の臨床試験では、症例のばらつき(ヘテロジニティ)が結果の一貫性を妨げてきたという課題があります。そのため、今後は研究機関同士が連携し、リソースを共有して、多国間で共同臨床試験を実施することが、患者コミュニティ全体にとって大きな意義を持つと考えられます。

この治療に使用できる臍帯血ユニットの供給源は、すでに確立されています。IPDMA研究に参加した子どもたちの多くはドナー由来の臍帯血を使用しており、今後の治療においても世界中の公的臍帯血バンクのネットワークを活用することが可能です10。今後の課題としては、本治療において推奨されるTNC/kg(総有核細胞数/体重)の最大投与量を定量的に評価する研究や、複数の小さな臍帯血ユニットを組み合わせて治療効果を高める方法が安全かどうかについての検証が求められています。

最後に触れておくべき現実として、CP(脳性まひ)に対する臍帯血治療へのアクセスは、すべての患者とその家族に等しく提供されているわけではありません。多くの国では、市販承認がまだ得られていないものの有望とされる治療法に対し、重篤な疾患の患者がアクセスできる制度が設けられています。これらの制度は、「コンパッショネート・ユース(人道的使用)」、「拡大アクセス」、「病院例外」など、国によって様々な名称で運用されています。今回のIPDMA研究は、オーストラリアのCerebral Palsy Alliance(脳性まひアライアンス)によって主導・調整されました。しかし皮肉なことに、オーストラリアは現在、CPの子どもに対して臍帯血治療を提供するための制度的ルートが存在していない国のひとつです。規制上のアクセス確保(制度整備)は、この分野における最も大きな課題のひとつとなっています。

参考文献

  1. Finch-Edmondson M, Paton M, Webb A, Ashrafi M, Blatch-Williams R, Cox J, Charles, ... Novak I. Cord Blood Treatment for Children With Cerebral Palsy: Individual Participant Data Meta-Analysis. Pediatrics. 2025; 155(5):e2024068999.
  2. Finch-Edmondson M, on behalf of the study team. Meta-Analysis of Cord Blood for Cerebral Palsy. Parent's Guide to Cord Blood Foundation Newsletter Published 2023-11
  3. Rosenbaum P, Palisano R. Cord Blood Treatment for Children With Cerebral Palsy (Commentary). Pediatrics. 2025; 155(5):e2024070467
  4. McDonald C. Multiple Doses of Cord Blood are Better for Cerebral Palsy in Animal Model. Parent's Guide to Cord Blood Foundation Newsletter Published 2019-06
  5. London J, Finch-Edmondson M, Fahey MC, Badawi N, Novak I, Paton MCB. Fifteen years of human research using stem cells for cerebral palsy: A review of the research landscape. J. Paediatrics Child Health. 2021; 57(2):295-296.
  6. Centers for Disease Control and Prevention (CDC). Data and Statistics for Cerebral Palsy. Archives. Last reviewed 2022-05-02
  7. Stavsky M, Mor O, Mastrolia SA, Greenbaum S, Than G, Erez O. Cerebral Palsy—Trends in Epidemiology and Recent Development in Prenatal Mechanisms of Disease, Treatment, and Prevention. Frontiers Pediatrics 2017; 5:21.
  8. Honeycutt A, Dunlap L, Chen H, Gal H, Grosse S, Schendel D. Economic costs associated with mental retardation, cerebral palsy, hearing loss, and vision impairment--United States, 2003. Morbidity and Mortality Weekly Report 2004; 53(3):57-9.
  9. Paton MCB, Wall DA, Elwood N, Chiang K-Y, Cowie G, Novak I, Finch-Edmondson M. Safety of allogeneic umbilical cord blood infusions for the treatment of neurological conditions: a systematic review of clinical studies. Cytotherapy. 2022; 24(1):2-9.
  10. Parent's Guide to Cord Blood Foundation. Public Cord Blood Banks in my Country. Accessed 2025-04-12




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